このページでは世にも奇妙な物語について情報を集めています。
2006年3月に15周年を記念して放送されたものをソフト化した物。  2006年11月15日発売。定価3990円、収録時間120分。 ; 世にも奇妙な物語 2006秋の特別編(全5話)  2007年4月27日発売。定価3990円、収録時間120分。 ; 世にも奇妙な物語 2007春の特別編(全5話)  2007年10月17日発売。定価3990円、収録時間1... 続きは下のメニューからどうぞ。

メニュー
世にも奇妙な物語 / 来歴 / 幻の最終回 / 特別編 / 特別な回 / ストーリーテラー / 奇妙な世界の住人 / 放映リスト / 主な常連出演者 / 放送日時 / オープニング / エンディング / アバンストーリー / 映画 / ソフト化作品 / 事件 / パロディ / トリビアの泉からの情報 / スタッフ / 関連項目 / 関連番組 / 外部リンク / 前後番組の変遷

スポンサード リンク

来歴


1990年4月の夜8時に企画されていた番組の案が急遽中止されてしまった。その為、編成会議が開かれプロデューサーの一人である石原隆が会議で「深夜の『奇妙な出来事』はどうでしょう?」と発言した所、思わぬ好反応が返って来たためにゴールデンタイムに進出する事が決定されたとされる。深夜番組だった『奇妙な出来事』は、『カノッサの屈辱 (テレビ番組)|カノッサの屈辱』や『やっぱり猫が好き』に始まる深夜番組ブームの真っ只中の1989年放送されていた番組で若者の支持が圧倒的に多く、中にはゴールデンタイムへの進出を不安視する視聴者も多かった。実際、放送された当初は局内の前評判がかなり悪く、1クールで終わるものとされていたそうである。ゴールデンタイム進出に当たって、深夜時代に斉木しげるが務めていたストーリーテラーをタモリに変更し、1話完結だった話を毎回3話のオムニバスにした。タイトルのデザインも「の字だけ赤くするとカッコいいんじゃないか?」という石原プロデューサーの一言から決定(「世にも妙な物語」)。また、時折作品によって違うデザインの物になることがあった。例えば「似顔絵の女」では全部の文字が赤色(「世にも奇妙な物語」)、逆に「顔色」などでは全部の文字が真っ白に(「世にも奇妙な物語」)。「水を飲む男」「黄色が恐い」では『奇』の字が黄色で(「世にも妙な物語」)、「オトナ受験」では『妙』が赤くなった(「世にも奇な物語」)といった具合である。また、当時としては珍しかったオムニバス形式を採用し、毎回15分弱の作品を3話放送した。共同テレビジョン|共同テレビだけで毎週3本制作する事は困難だった為、東映、大映テレビ、東宝、日活など様々な会社に制作を依頼した。その結果競争的な色合いを持たせることが出来た。また、フジテレビが完全自社制作して放送した回もある。特別編では30分弱の作品を5話放送している。共同テレビ制作分以外の制作会社が製作した作品は、フジテレビとの権利が切れた物もあり、フジテレビ系列外の地方局で再放送されることもある。ストーリーテラーのタモリは、初期の作品には毎回エキストラ(サラリーマンや近所の人など)として作品の中に登場していた(サングラスではなく、普通の眼鏡で出演することもあった)。また、各話終了後の「世にも妙な物語」の文字は第4回放送から追加された。当初はナイターシーズンの埋め合わせ企画だったが、放送を開始してから好視聴率を記録。最高視聴率は1991年3月21日放送の25.7%である。フジテレビではこの枠を若手の登龍門とし、ゴールデンに進出する機会の無かった若手演出家や脚本家を大いに採用、一部のシナリオスクールにもアイデア募集のオファーが来る時があり、それを機にデビューした者も少なくない。しかし、初期は当時まだ身近に起こりそうな奇妙な話と言う物が定着していなかったせいか、単に幽霊が出たり怪奇現象が起こる体験談や怪談風の脚本を書く作家が多く、スタッフも番組の趣旨の説明に相当骨を折ったという。三谷幸喜、野島伸司、北川悦吏子、岩井俊二、飯田譲治なども携わっている。特に北川悦吏子が脚本を担当した「ズンドコベロンチョ」は「世にも奇妙な物語」の最高傑作の1つといわれ、タモリがこよなく愛する作品である。他にも豊川悦司や相沢友子など元々が脚本家ではない俳優が脚本家へ進出するきっかけを作ったドラマでもある。相沢はデビュー以来長らく不遇が続いたが本作執筆をきっかけに脚本家として成功、豊川は「世にも」の脚本を書いてからは本格的に脚本・監督などの活動も始動させた。「世にも奇妙な物語」から、映画・ドラマへ派生した例も少なくない。例としては、飯田譲治脚本の「常識酒場」(1992年4月30日)、「トラブルカフェ」(1992年9月3日)は同局ドラマ『NIGHT HEAD』(1992年10月〜1993年3月)の、藤野美奈子の原作を元に作られた、「友子の長い朝」(1995年4月3日)、「友子の長い夜」(1995年10月4日)は、映画『友子の場合』(1996年公開)の前身となった。「急患」(1991年4月4日)は、13年の時を越え、映画『感染 (映画)|感染』(2004年10月2日公開)としてリメイクされた。また「まだ恋は始まらない」(1991年12月12日)も、同局で同名のドラマ『まだ恋は始まらない』(1995年10月〜12月)の元になったと言われている。1992年9月17日にレギュラー放送が終了し、約10ヶ月の潜伏期間を経た後、1993年7月30日に「真夏の特別編」が放送され、以降は番組改編期の名物番組として現在に至っている(1995年・1996年は春・秋・冬だけとなり、1997年以降は春・秋の改編期のみ)。2004年に、韓国のSBSが版権を購入し「ミッドナイトDJ」等4話が特別番組としてリメイクされた。(正式編成の予定もあったが、視聴率の問題から見送られたらしい)2007年春の特別編までに制作されている話数は415話で、今後も制作されていくと思われる。また、1991年9月12日に雨傘番組として放送予定だった通称「世にも奇妙な物語 雨の特別編|雨の特別編」という回があり現在でもこの回は未放送となっている(3話が放送予定で、うち1話は「あけたままの窓」というタイトルであったとされる)。2006年3月28日放送の春の特別編は15周年企画として、レギュラー開始初期の番組冒頭に放送された1話1分の超短編「アバンストーリー」(レギュラー時は15秒)を10本放送(テレビ史上初の試み)。2003年から関わっている金井卓也プロデューサーは「番組全体がメリハリのある面白いものになるのでは」と期待を寄せていた。2008年4月28日放送のドラマレジェンドスペシャルではSMAPの特別編が再放送となり、この番組史上初の再放送として全国ネットされた。

Quotation:Wikipedia - Article - History  License:GFDL

スポンサード リンク


関連商品

いろいろリンク